個別指導塾ドリームスタディ南橋本教室:神奈川県相模原市中央区南橋本・小山・清新・横山台、緑区橋本・橋本台・下九沢、勉強嫌い専門 個別指導塾

個別指導塾ドリームスタディ:個別指導塾「ドリームスタディ」設立物語【第四章】

個別指導塾ドリームスタディ・トップページ 個別指導塾ドリームスタディ・会員様からの喜びの声 個別指導塾ドリームスタディ・塾長あいさつ 個別指導塾ドリームスタディ・教室案内 個別指導塾ドリームスタディ・料金システム 個別指導塾ドリームスタディ・特別講座 個別指導塾ドリームスタディへのお問い合せはこちら!

個別指導塾ドリームスタディ設立物語

個別指導塾ドリームスタディ動画セミナーページ

個別指導塾ドリームスタディ・よくあるご質問
よくあるご質問
よくあるご質問
よくあるご質問
よくあるご質問
よくあるご質問
よくあるご質問
よくあるご質問
よくあるご質問
よくあるご質問
よくあるご質問

個別指導塾ドリームスタディ

Facebookページも宣伝
↑↑↑
ドリームスタディの
Facebookページです。
勉強に役立つ情報、
やる気を引き出すポイント、
キャンペーン情報など
もりだくさんでお届けします!

個別指導塾ドリームスタディ・会社概要

個別指導塾ドリームスタディ・リンク

個別指導塾ドリームスタディ・サイトマップ

個別指導塾ドリームスタディ・キャラクター紹介

第四章  不安と戦いながら準備開始


注)本文中の私とは、個別指導塾「ドリームスタディ」塾長平間のことを指しています。


2003年8月6日PM3:00。遂にその日がやってきました。
この日は娘の「臍帯血移植」の日です。


この日ために、約5ヶ月間、抗がん剤やステロイドを使用して治療してきました。
移植の直前には、白血球の値がほぼ0に近い状態まで厳しい治療を続けました。
通常の人の白血球の値が5000〜7000位で、多い人は10000位だそうです。
白血球の値が低いということは、それだけ抵抗力がないので何かのウイルスに
感染する確率がきわめて高くなります。私達が日常生活をしている空間にいると、
ほぼ100%感染してしまうので、移植日の前日から無菌室に入りました。

この無菌室は、とてもとても辛い空間(部屋)でした。何が辛いのか?
私たち親や先生が無菌室に入る時には、お医者さんが手術をするときのような
格好をしないと、子供に触れることができないのです。この期間は、担当医・
看護婦・両親しか入室できないし、入室する時には頭のてっぺんから足のつま先まで
変身をしないといけないので、入室する人も大変だし、娘も「変な人が来るな〜」
という感じで見ていました。

自分の娘に、直接触れることができない!抱っこをしてあげることもできない!
声をかけたり、ご飯をたべさせるのもビニール越し!
今でもこの時のことを思い出すと胸が痛みます。

臍帯血移植(骨髄移植を同じ)というのは、基本的には点滴と同じです。
私は不思議で今でもよく分からないというのが正直なところですが、点滴のように
して入れた新しい血が、自然と骨髄に達して定着するそうです。移植というのは
数十分で終了。あとは、新しく入れた臍帯血がきちんと着いてくれるかの問題です。

実は、ここからが一番大事な時期です。私達と先生は、この8月6日の移植の日
を「新しい誕生日」と呼んでいました。それは、娘の血液型はA型。移植に使われる
臍帯血はO型。しかも男の子だそうです。

要するに、この日家の娘は血液型が変わる
       =もう一度生まれ変わる日だったのです。

さて、私は2002年8月31日をもって退社したいと上司に話をして断られたということ
を先程お伝えしました。その後もいろいろな形で止められましたが、最終的には8月
31日で退社することになりました。残りの期間で、今まで私がやってきた仕事の整理
と引継ぎをしました。私自身が抱え込んでいた仕事が結構ありましたので、大変な作業
でした。そして、当時の私の部下にも事情を説明して、8月31日付けで退社しました。

その日のことを今でもよく覚えていますが、寂しい気持ちもありましたが、「ホッとした」
という気持ちの方が強かったと思います。


そして、いよいよ新しいスタートです。

私の計画は

   ⇒2002年10月15日に会社を設立する。

   ⇒2003年1月中旬に、塾の事務所開きをする。

   ⇒2003年2月1日、本格的なスタート。

   ⇒2002年中は、経営者としての勉強・マーケティングの勉強・

     心理カウンセラーの資格を取る・事業計画書を作成・資金集めなどをする。

   ⇒いろいろな先輩経営者に会ってお話を聞く。

   ⇒娘の病気が治るように最大限努力する。

     これに関連して、健康についての勉強をする。


このような計画を立てて、これを目標として新たなスタートを切りました。不安はあり
ましたが、もう立ち止まることはできません。不安になったり、くじけそうになった時には、
娘や妻ががんばっている姿を思い出すようにしていました。


2002年8月一杯で会社を辞めてからは、セミナーなどで出かける以外は毎日
病院に行くようになりました。しかし、あまり早い時間に病院に行くと「あのお父さん
は毎日来ているけど、仕事をしていないのかな?」と思われそうなので、わざと
遅い時間に病院に行くことが多かったです。


そして、これは本当の話ですが、私が会社を辞めて毎日病院に行くようになってから、
娘の移植後の経過がどんどんよくなっていきました。(多少大げさかもしれませんが・・・)


10月になると、待ちに待った退院の話が少しずつ出てくるようになりました。
やっと大きなヤマ場を超えた時期です。ここまで来れたのは、妻のがんばりによる
ところが大きかったです。3月5日に入院してから毎日病院に通い、一生懸命
看病をしてくれました。なんと皆勤賞です!これはとても凄いことで、多くの親
(特に母親)は、子供より親のほうが参ってしまっていました。普段は多少のこと
では平気な私も、1週間位ダウンした時期がありました。妻には本当に感謝
しています。娘も妻もがんばっている!自分も塾のオープンに向けてがんばるぞ!
こんな気持ちでした。





設立物語第三章へ

設立物語第五章へ

    
   



/Home /教室案内 /料金システム /特別講座 /お客様の声 /会社概要 /プライバシーポリシー /お問い合わせ/

神奈川県相模原市南橋本中央区南橋本・小山・清新・横山台、緑区橋本・橋本台・下九沢、勉強嫌い専門 個別指導塾
個別指導塾ドリームスタディ南橋本教室

受付時間…13:00〜22:00(月曜日〜金曜日)